げつようびがきらい

反復流産の経験を書くだけ。

二度目の妊娠が発覚した話

流産後は一度生理を見送り、二度目の生理が終わってから子づくりを再開した。

前回同様、タイミングを取ることよりも回数を意識した結果、二度目の妊娠。

 

大型連休明け、身体に違和感を感じたため前回と同じ産婦人科を受診。

妊娠5週目ですと言われた。

今回嬉しかったのは、初回の受診で胎のうを確認できたこと。前回は二度目の検診(週数でいうと6週)にならないと胎のうを確認できなかったので、今回の妊娠はうまく行くかもしれない、と期待をしてしまった。

 

夫に妊娠を報告したところ、喜んでくれたけど「流産の可能性もあるから安定期までは慎重に過ごさないとね」と慎重な意見。わたしもこれくらい冷静でいたいなあと思ったけれど、浮かれる気持ちは抑えるのはなかなか大変だった。

 

その後、つわりなどはなく、少し疲れやすくなったかなあ程度の体調だった。

 

前回の流産の教訓を生かし、仕事を休みやすくするために、妊娠発覚した時点で直属の上司にのみ妊娠を報告した。

前回の妊娠の際は職場の誰にも妊娠報告をしなかったが、そのせいで力仕事や外回り、雪かきなども普通に任されており、そのせいで流産したのではないかと少し疑っていたからである。

わたしの職場はありがたいことに福利厚生が充実している。また、わたしが所属する部署はママさんや新婚女性が異動してくることが多く、妊娠に伴い急に病気休暇に入ってしまうといったケースにも慣れていた。

なので、上司は妊娠を快く祝ってくれ、さりげない仕事上の配慮もしてもらえた。立ちっぱなしの仕事や、遠くへの外出といった業務からは外してもらい、身体的にはすごくいい状況で仕事ができていたと思う。

 

だが、妊娠発覚から10日ほど経った日。

突然、これまで体験したこともないほどの吐き気に襲われ、前回の妊娠の時には体験しなかったつわりと戦うこととなる。つわりについての詳細は次記事で。

流産後、不妊様になってしまった話

前回の記事のとおり、わたしの初めての妊娠はわずか7週で終わってしまった。 

amefuruu.hatenablog.com

 

その後、主治医の指示により生理を一度見送ってから妊活を再開するのだけど、妊活禁止のあいだ、どうやって過ごしていたのかを思い出しながら書いていく。

 

まず、夫婦で東京旅行に出かけた。

落ち込むわたしを見かねて、夫が提案してくれたものだった。

二泊三日の旅程でとにかく食べて飲んで、サウナにも行った。わたしも久しぶりにビールやサワーを口にした。妊活開始からアルコールは控えていたけど、元々お酒は好きなので嬉しかった。

 

そして、大型連休には伊勢神宮内にある子安神社というところにも足を運んだ。子授けで有名な、縁起のいい小さな神社だ。わたしたち以外にも夫婦揃って参拝している人がおり、なんだか勇気が湧いた。

それにしても、まだ妊活はじめて一年も経っていないのに神頼みとはなんとも現金である。

 

こうやって楽しく過ごすときもあったけれど、最初の流産から二度目の妊娠が発覚するまでは基本的に暗黒期間であった。

 

わたしの場合、とにかく他人を羨むことが増えた。

 

デキ婚し産休に入った職場の先輩や後輩。

第一子の産休復帰後、半年経たずに第二子を授かった先輩。

結婚式後、一年以内に妊娠出産をする友人。

LINEのアイコンを我が子の写真に設定する同級生。

フェイスブック上に溢れかえる妊娠・出産報告。

ネット上でしか関わりのないインスタやツイッターのフォロワーさんの妊娠報告。

そのどれもがわたしにとっては羨ましくて仕方なく、羨みを通り越して妬みに変わっていった。

 

自分で性格が悪いのは分かっている。夫にも、気にしすぎとたしなめられる始末。でも一度羨ましくなったら、もう負の連鎖は止められなかった。わたしの愚痴を聞かされまくった夫はさぞかしうっとうしかったであろう。

 

そして、妊婦さんに憧れるあまり、わたしの中で妊婦さんセンサーが発達。

①お腹が出ていないけどあの人妊婦さんっぽいな〜

②あとでカバンを見るとマタニティマークが付いている

③ああやっぱりね〜ははは〜

ってことが増えた。要は誰彼構わず、妊婦さんに過剰反応するようになってしまった。

 

わたしは流産したものの二度子どもを授かっているので、不妊で苦しんでいる人には大変申し訳ないけど、ネット上で揶揄される、いわゆる「不妊様」のようになっていったのである。

 

そんな中、わたしがよくチェックしているのはInstagram上のハッシュタグである。「不妊」「不妊治療」「流産」「流産後の妊娠」等のハッシュタグで検索すると、わたしなんかよりはるかに辛い思いをした方たちの投稿が多く見られる。

自分と同年代で妊活に苦労している方も多い。Instagram上では、その方々の体験談が綴られているので、自分の身に置き換えやすく、勉強になった。

 

また、Instagram上には、わたしと同じように妬みの感情を抱いてしまい自己嫌悪に陥る人も見られた。すごく勝手だけど、わたしだけじゃないんだと安心してしまった。

Instagramというのは元々、写真共有SNSである。にもかかわらず、現在Instagram上には多くの文章や体験談が溢れている。単純にすごい時代になったな〜と思った。

 

話を戻すと、結局わたしの妬み嫉みといった感情はなくなることはなかった。

今も、そんな感情を抱えながら生活している。

こうやってブログ上でやみくもに感情をぶちまけても、その感情は消えない。

これからまた妊娠することがあるかもしれない。それまでに、この感情との上手な付き合い方を模索したいと思っている。

初妊娠するも7週で自然流産した話

結婚して丸2年が経って、子づくりをはじめた。

当時わたし25歳、夫28歳。避妊をやめれば子を授かることができると考えて疑わなかったけれど、避妊をやめて半年以上経っても妊娠することはなかった。

 

ただし、そんなにきっちりタイミング合わせていたわけでもなく、回数をこなしていたわけでもなかったので、まあ、仕方ないのかなあとぼんやり思っていた。ただ、周囲のおめでた話を聞いていると、みんなそんなにきっちりタイミング合わせなくても授かっているのでは…とも考えていた。

 

夫と話し合い、タイミングを狙っていくのをやめた。とにかく回数を意識した結果、夫婦の努力が実り、2018年1月に妊娠が発覚する。

 

とにかく浮かれたが、安定期に入るまで周囲には明かさない、お互いの親にも明かさないということを徹底した。流産の可能性を考えてのことだった。でも、それはあくまで予防線を張っているだけであり、正直なところ本当に流産するなんて思ってもなかった。

 

5週目で産婦人科を受診。

ただ、最初の検診では尿検査で妊娠反応が出ているものの胎のうは確認できず、翌週にまた来てねと言って帰されてしまった。

 

6週目で再度産婦人科を受診。

その時には胎のうが確認でき、子宮外妊娠の可能性は否定された。では二週間後にまた来てねと言われ検診終了。初めてエコー写真をもらって舞い上がっていた記憶がある。

ただ、胎のうは確認できたものの、一般的には6週目には心拍が確認できるようになることも多いため、主治医には「排卵が一週間ほどずれてるのかな〜、大きさ的には一般的な妊娠でいうとまだ5週目ってところだね〜」と言われた。今思うと、この時点で結構危うかったのだろう。

 

その後、結局心拍は確認できないまま7週後半で流産となってしまった。

茶おりが二日ほど続いたのち大量出血。生理痛二日目のような激しい痛みも出ていた。病院へ駆け込むも、流産ですとの診断。そのまま膣内洗浄を行い、内容物を掻き出された。痛み止めの座薬を入れられたけど、すごく痛かったことしか覚えていない。

 

その内容物を病理検査に出すも、妊娠反応は確認できず。赤ちゃんは血と一緒にすでに出てしまっていたのだろうとのことだった。

 

やっとできた我が子。

こんなにあっけなく流れてしまうものなのだと感じた。

診断が下りた日は泣いて泣いて、ひたすら泣いて過ごした。

まだ生理痛のようなひどい痛みが続いていたのに、意地になり、妊娠発覚から我慢していた寿司を食べまくった。寿司が食べたかったからというより、もう赤ちゃんはいないのだから、とヤケになっていただけだった。

 

1枚だけもらった赤ちゃんのエコー写真は、見ているのが辛くなり、ビリビリに破いて捨ててしまった。今冷静に考えると、赤ちゃんがいた唯一の証を自ら手放してしまったことについては後悔しかない。赤ちゃんを忘れることは決してないけれど、それでも形として残しておくべきだった。

 

そうして、主治医の指示により生理を一回見送ってから、またわたしたちの妊活が始まった。